わたち猫なの 8

 ある日、主が北の寺から帰った時、やたらにご機嫌だったの。
「ダァ、留守番ご苦労さん。鰹節あげるわ。お座りして」と言われたので、わたちはすぐにお座りして次の言葉を待ったの。主はお手と言ってわたちに手を出させ「なんてお利口な猫、フィリップスちゃんみたいね」と言った。
わたちはそいつよりわたちの方が賢い猫よ、と抗議の意味を込めて主の手の甲を軽く齧ってやったの。
「あらっ、齧りは駄目よ。もう一度やり直し。お手っ」と言われて今度は素直に左手を出したら、主はたくさんの鰹節をお皿に入れてくれた。かさかさと音を立てて食べながら、お手って言うけど正しくは前足と言うべきなのよねー。とわたちは思っていた。わたちは満足して口の周りをピンクの本物のラングドシャで舐め舐め、主の膝に飛び乗ってゆっくり丸くなると、
「とてもいい考えがあるの。それを実行するのよ」とわたちに話しかけてきたの。子供の頃からいけばなを習って50年過ぎたんですって。数多くの花を切り刻んできたので、時々、あちこちのお寺で花供養をしていたんだけど、今度は本格的な草木塔を建立して、花供養する計画を実行することになったみたいよ。もう嬉しくてたまらないわと滅多やたらにご機嫌なの。
「ふーん。草木塔ねぇ。でもどうしてそこのお寺なの? わたちの生まれた寺じゃないの? 他にもお寺はいっぱいあるじゃない」と聞くと、
「そこはね、ずぅっと昔から好きな場所なの。過去世を感じるの。見たことのある、知っている風景なのよ。勅使門があって築地塀が回してあるの。支えがあってやっと命脈を保っている老いた松の木があるのよ。私はその風景が懐かしくてたまらないの。その庭に晋山式の記念樹を植えたいって和尚様に相談されたから、去年の秋に御衣黄桜を植樹したのを憶えてる?」