わたち猫なの 2

 主の家には常にいろんな来客がある。そりゃそうよね、芸事の師匠も仕事のうちなのだから、お弟子方が入れ替わり立ち代りお稽古に来るのは当たり前の話だものね。その中にはわたちを助けてくれた寺の若奥さんもいて、美人の彼女がくるとお稽古場がぱあっと華やかになるの。わたちも彼女の膝に上っていって一応ゴロゴロと喉を鳴らして挨拶するのよ。受けた恩義を忘れるような無礼者は嫌いだと、常々主が言っているのでわたちも主の方針に従うことにしているの。何しろ人間には珍しく、主は言行一致を心掛けて暮らしているので、時々わたちにとっては恐ろしいことになってしまうのよ。

「いいお前、障子は破っちゃいけないよ。もし障子を破ったりしたら半殺しよ。まるで牡丹餅みたいにね」と耳に胼胝が出来るほど聞かされていたのでわたちは言いつけには従っていたつもりよ。でもね、つい手を出したくなるのもわたちの本能だから、これって困るのよ。この間、書斎の窓辺で小さな蛾が飛んできた時はつい夢中になって蛾を捕ろうとしたの。軽く爪を出して引っ掛けようとしたら、蛾は逃げて障子にはほんのちょっぴり穴が……。主にその場でいきなり叩かれて床に投げつけられた時には眼から火花が散ったの。主って本当に言ったとおりにする人なのね。びっくりしたわ。投げつけられた床に座って長時間同じ姿勢でじいっとしていたら、「反省したのならこっちへおいで」と言われたので本当にほっとしたわ。

 わたちは書斎の窓辺の棚に並べてある大きな辞典の上が大好きなの。辞典って人間界のことが何でも書いてあるでしょ。わたちには透視能力があるので、書棚の上に乗って、頁を捲らないままで本を読むのが無上の楽しみなの。主はパソコンで作業をしたりゲームをしたりしているから、その間わたちもせっせと読書しているっていうわけ。